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入院中の経過(その②:転院から退院まで)。

こんにちは。

お外はすっかり春の陽気をうかがわせるような気候

寒くなったり、暖かくなったりを繰り返して春本番に少しずつ近付いていっているのですね♪

姪っ子ちゃんも先日公立の高校入試が終わり、卒業式・合格発表を残すだけ。


イベント事も春を思わせる物が増えてきて、ウキウキします!

ウキウキ気分になっているのには理由が。。



タイトルを見て気付かれた方もおられたかもしれませんが…


どうにかこうにか、


退院しました!!!!!!!!!!!


先週の金曜日に。


ちょうど3週間の入院でした。(結局すずメロの経験した入院期間記録を更新しました)


最後の2日間はようやくMFICUを脱出して、産科病棟の総室で過ごしました。


前回の入院中の経過(その①:入院~転院まで)の続きを忘れないうちに書いておこうと思います。
(※また長くなってしまいますがご了承下さい。)


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◆入院2週目◆
〈8日目〉
転院先は系列病院でMFICUNICU(新生児集中治療室)を備える、
より高度な治療が可能な救急病院。

転院先への搬送は寝たまま(=ストレッチャー)になるので、救急車で。

それまでも張りは頻回(この時点で7分に1回くらい)のため、
マグセント のみ20ml/hまで流量アップ。

⇒すずメロ旦那到着し、担当医より経緯を説明される。
 大急ぎで荷物をまとめてもらい、救急隊の到着待ち。

⇒数分後に到着してあれよあれよというまにストレッチャーに乗せられて
 毛布に包まれ、ベルトで固定されるすずメロ。

そこからは転院先の病院へ到着するまでずーっと上を見っぱなし。
どこからどう病院を出たのか不明。

担当医じゃない当直医も一緒に救急車へ乗り込み、搬送スタート。
すずメロ初の救急車に若干興奮(笑)

バイタルサイン計測しつつ、経過等々を口頭で質疑応答して確認。
まあとにかく揺れまくる車内。
上を向きっぱなしの姿勢で、救急車が右に曲がったり左に曲がったり、止まったり進んだり…
ガタガタしまくるのでビックリ(°_°)
途中で救急隊が転院先にすずメロの情報を説明するが、
「○○○○さん、40歳です。」と言われ、


…はぁ!?←30歳なのに。。

と思うが、説明する気力なし。その間も張りを繰り返し中。

約20分後に転院先に到着し、救急入口を通過してICUを抜けて、
エレベーターで産科病棟に到着。

大きな部屋にポツンとあるベッドに並行移動するがそこがいったい何階で何の部屋か不明の状態。
(⇒1週間以上経ってからそこが4階で、空いていた分娩室(LD室)だったと知る)

看護師さん(全員助産師資格持ち)がテキパキと準備を始めていたら、
当直医(→のちの担当医)の女性のドクターが登場。


⇒一通りの診察(問診、内診、経腹エコー、検査など)を終えて、点滴量を変更。
  リトドリン は投与限界(アミラーゼ値上昇につき)に来ているためそこで終了。
  マグセント のみでいくと説明される。
  マグセント も流量が増やされていたので15ml/hまで減量。
 そこからNSTをつけて張りの頻度を観察。
 小一時間装着して、張りは5分に1回程度(リトドリン終了した影響とのこと)で。
 再度内診して頚管長は24~25mmと、搬送後に測定した時と変化なしのためこのままで流量は継続。

とにかく、今胎児が外に出てくるにはまだ早い週数なので、
本当に早産にならないかどうかを検査(ヒト癌胎児性フィブロネクチン)する方法が
あるのでやりますと担当医から説明。

⇒陰性であれば以降数週間は早産のリスクが少ないというのを判断するための検査とのこと。

次に、早産となる可能性が高い場合、週数によっては(34週未満)胎児の肺成熟を促す目的で、
副腎皮質ステロイドホルモンの筋肉注射を行うとのことで、
きちんと説明を受けて納得した上で筋肉注射(全2回)。

⇒24時間後にもう1回注射必要。

<9日目>
ようやくバタバタが落ち着いて、時刻はいつの間にか日付をまたいでいて深夜1時前。
車椅子で移動した先はMFICU(個室)。

ここへ来ての安静度は、

・24時間持続点滴(マグセントのみ)
・室内(トイレ、洗面は室内にあり)のみ歩行可
・移動は基本車椅子だが、室外移動は数日間不可
・許可が下りればシャワー浴可


やっと長い一日が終わり、すずメロ旦那もやっと帰宅して就寝。
ステロイド投与をしたせいか、寝ていたような寝ていなかったような…で朝を迎える。


⇒翌朝も マグセント のせいで眼の焦点が合わない、血管痛、
 筋肉の脱力感などの副作用は相変わらず。
 その代わりに リトドリン がなくなったため頻脈傾向と
 軽く残っていた動悸は落ち着く。

この日から1日3回でNSTを再開
1回につき約1時間程度装着。

それにしても、ここはどの辺の病院(病院名しか知らなかったので)で、何階にいて、
病棟の中のどういう位置に病室があるのか全然わからない状態が数日間。。
⇒食事は上げ膳据え膳なので、本当に浦島太郎の状態でした。。


夜間に前日夜に行ったステロイドの注射あり。


<10日目~>
しばらくはNSTの回数は変わらず、 マグセント の流量も変わらずで経過。

担当医がいる日は毎日のぞいて状態を確認したり、お話を聴いてくれるためちょっと安心。


⇒やっぱり眼の焦点が合いにくいのがしんどいと訴え、 マグセント の流量を10ml/hに変更となる。
 (もちろん数日間の張りの頻度等を診た上で)

<13日目~>
外注で出していたヒト癌胎児性フィブロネクチンの待ちに待った検査結果が返ってきたということで、
朝一で担当医が報告に病室へ。


⇒結果は陰性ということでひとまずホッ(*’U`*)

⇒直後に内診にて、頚管長24~25mmで変わりないので一旦マグセント中止の指示!!
 やっと血管痛からの解放。そして毎度の尿量測定からの解放。

この日は木曜日だったので、日曜日までは室内歩行であれこれ動いて様子見で。
NSTも1日2回に。

横になった状態だと徐々に張りの頻度および程度(強さ)が落ち着いてきている印象。
だいたい7~10分に1回くらい。
食事や洗面、トイレ、シャワー浴(←これは結構早いうちから許可)で座りっぱなし、立ちっぱなしになると
張りの頻度アップ。
この日と翌日は全身のダルさと原因不明の微熱あり。


◆入院3週目◆

<17日目>
月曜日になり、再度担当医の診察。
頚管長は24~25mm程度で変わりなし。
退院も視野に入れているという言葉にちょっと希望を持ち始める。
張りの頻度も落ち着いてきているため安静度アップし病棟内歩行可能の指示。

⇒ようやく室外に出られるので、下膳は自分で。
 談話室へ行って読書をしたり、すずメロ旦那のお見送りもできるように。
 NSTは1日1回に(朝のみ)。

<18日目>
退院について担当医から話があり、すずメロ旦那が午前中に来院できる日を希望。
その日に朝一で診察をして問題なければ退院の許可が下りる。
それと同時に院内歩行(他階への移動可能)可能の指示になり、ようやく安静度フリーの身になる。

⇒下の階にあるコンビニへ行ったり、階段歩行にチャレンジ。
 (→すずメロ旦那監視下(すずメロ専属理学療法士として勝手に任命・笑))
 お腹の張りは変わらずあるが、それよりも筋力の低下にガッカリする。。

<19日目~>
安静度がアップしたことに加えて、張りも少しずつ落ち着いてきたので、MFICUから総室へ移動。

20160310_203802277.jpg
⇒病棟内歩行、談話室までの歩行、コンビニまでの歩行など
 無理のない程度で移動しながらリハビリ(笑)

NSTでは張りが10~15分に1回まで減少。
張りの程度(ピークでの強さ)も軽減。

<21日目>
最後の晩餐ならぬ、最後の朝食で初めてイチゴが登場。
20160311_073906727.jpg
これまで朝食のフルーツはバナナ、生パイナップル、パイナップルのシロップ漬け、
オレンジ、いよかんのエンドレスリレーだとばっかり思っていました。

ブルガリアヨーグルトはコンビニで買ってきたもの。


朝早めの時間にNSTを行い、その後の診察では頚管長24~25mmで以前変わりなし。
最終的な退院の許可がおりて、ようやく退院となる。

すずメロ旦那のお迎えで退院


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ようやく…待ちに待った…もうポコたんが生まれるまで帰れないかと思った自宅に
3週間ぶりの帰宅となりました


どうして切迫早産になったのか、入院になってしまったのか自分を責めたくなったこともありましたし、
仕事があるのに病院通いと慣れない家事を任せるすずメロ旦那に申し訳ない気持ちでいっぱいになったり、
家事をしてあげられないことも悔しくて、家に帰れるのかどうかもわからない、
ポコたんの準備はほとんど何もできていないし、
マグセントを使うと言われた日はとうとうこれを使わなければならないのか、、
(良くも悪くもネットの情報はあれこれ知ってしまいますからね…)
と悲しくなってきて

ポコたんは一生懸命大きくなろうと頑張っているのに…


といろんな感情に押しつぶされそうになって
私も頑張らなくてはと思っても、結局自分だけでは頑張れないし、
頑張ろうにも何を頑張るのかわからないし、泣きべそをかいたことも正直ありました。

そんな中でいきなり転院の話が出てきて、どうなってしまうのだろうと不安になりました。


転院して担当してくれた女性のドクターと助産師さんのおかげで、
そんなことが吹っ飛んでしまったと同時に、前の病院での担当医に若干の不信感が出てきました。

その担当医が良くて、選んでその担当医に健診を受けていたわけでは特になかったですし…


転院して数日すずメロ旦那と相談して、分娩する病院を転院先の病院に変更することになりました。


ここなら安心して出産できる!と思えたからです。


これからはその病院に健診を受けに行くことになります。


思い返せばいろいろあった長い長い3週間でした。
いろんな経験もさせてもらえました。
(→入院中の経過のおまけver.も書く予定です♪しばらくお付き合いくださいませ。)


21日間皆勤賞で病院に通ってくれて、ひとりで家事をやっていたすずメロ旦那
どんなにすずメロのお腹が張ろうとも、長時間NSTをされようとも元気良く動きまくっていたポコたん
食べたいと言ったイチゴを持ってお見舞いに2回も来てくれて、メールで何度も励ましてくれたすずメロ旦那両親

みんなの優しさと頑張りが、すずメロの励みと退院の希望につながったと思います!

気付けばもうすぐで9ヶ月目に入ります。


自宅に帰ってきて聴こえたウグイスの鳴き声が、
入院する前よりずいぶんうまくなっていました

春になって少ししたらポコたんに会えると楽しみにしていた季節が
知らない間にもうやって来ていました。


あと2ヶ月もすればみんなが待ち焦がれているポコたんに会えます。

それまでは、もう少しすずメロのお腹の中ですくすく大きく育ってね


退院の日は、すずメロ旦那が作ったパスタが食べたいと言ったので、
夕食に張り切って作ってくれました♪
IMAG3311.jpg
いつもと変わりなく、とってもおいしいトマトソースベースのパスタ

すずメロ旦那、本当にありがとう






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