上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

- comments

非公開コメント

- trackbacks

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

過去。

こんにちは。

朝から梅雨の貴重な晴れのお天気です

今日は朝からすずメロ旦那が不在です。

今日は釣りではありません(笑) 研修という名の職場の旅行へ出掛けていきました~~


久々の休日おひとり様生活です♪

部屋の掃除や押入れの整理・入れ替えなどなど午前中に集中してやりました!

家庭菜園係・すずメロ旦那が出発前に指示した通りに菜園の野菜に液肥をやり、

すずにからまれ←

DSC_2185.jpg

あっという間に午前中が過ぎました

野菜たちも収穫しましたよ
DSC_2225.jpg
つるむらさき、オクラ、バジル。

上とは別で大きくなりすぎていたオクラも無事に収穫。
DSC_2229.jpg

昼食もおひとり様なので手抜きです
DSC_2231.jpg
ずっと気になっていた釜玉チキンラーメンと昨日のおかずの残り。

なんだかんだでまったりと過ごしています


※ここから不妊治療関連等々のお話になるので、苦手な方や嫌な方はスルーしてくださいね※
=================================

今週初めに不妊治療専門病院へ行ってきました!

生理5日目からクロミッド服薬を5日間していました。

生理開始日を1日目として13か14日目に来て下さいという指示が、すずメロ旦那が前回受診した時にありました


その日は排卵確認のためのエコー検査がメインだったので、呼ばれてすぐに診ていただきました。

卵胞は21mmくらいにはなっているので、もうすぐ排卵するかもということでした。

しかし、過去に26mmで確認していることもあるので、ここからが時間がかかるかもしれないということで

自宅で排卵検査薬を活用して確認です。


私の場合、胸の張り(排卵付近と生理前に必ずある)が一番わかりやすい変化なので、

それがなければ排卵はまだという予測がある程度できます。

病院へ行った日は待ち時間が少しあったので、雑誌を読んだりしていたのですが、

ふと思い出したことがありました…。


入籍する意思を両親に伝えた日(結果的に絶縁になることを了承した日)、

「できちゃった結婚だけは許さんからな!」と父親から言われたこと、

その少し前(あれこれごちゃごちゃもめていた時)には母親に「あんたは子供産めへんよ!」と言われたこと。

父親の発言に関しては、私たちがそんな軽い気持ちで付き合っていたとでも思っていたの?、

結局何も信頼してくれなかったんだなと思いました。

母親の言っていることはすずメロ旦那のプライバシーに触れることなので詳しくは書けませんが、

どっちにしろすごく身勝手で無責任な発言をされたな、、と。



今の私の状況を知ったらどう思うのでしょうか。


そもそもそう言ったことを覚えているのでしょうか。



私たちは子供を望んでいるのになかなか授からず、異動により代替が利かない職場状況で数年を棒に振り、
結婚をしてから約5年が過ぎました。

今となってはこう言われたことに改めてどうこう本人たちに向けて言うことはありませんが、
最後に言われた「○○(すずメロ旦那の姓)家の血が流れた孫なんか見たくないわ」をはじめ、
私は大変に傷付いて今でも心に深く残っています…。

このことに関しては許すことは無いと思います。

子供に関する発言を含めて、いつも感情的に言っていて一貫性の無いことが多く、
意味がわかりません。

すずメロ旦那と付き合うということが、精神的に苦痛を受けたとまで両親(特に母親)は言っていました。

どっちなんだか。。


私も両親のひどい夫婦喧嘩、姑問題、離婚話などを、物心ついた頃から進学のために家を出るまでの10年以上の間、

とっても辛い思いを何度もさせられました。


一人っ子にとっては誰も共感してもらえる人がすぐそばにいなくて、
気が付いてくれる人もいなくて、すごくしんどかった覚えがあります。

思い返せば、小学生の頃には爪噛みや指吸い、抜毛(私の場合はまつ毛)などの習癖、
途中からは過敏性大腸炎があり、

結局それは周囲環境から受けるストレスや緊張から出る小児心身症の状態だったようです。

当時の自分の状態を、リハビリの学校で臨床心理学をかじった時に気が付きました。

もちろん小学生の頃の話で今はまったくありません!


当時を振り返るとその症状が出ている頃はいつも親の目の色をうかがいながら生活していましたし、
怒らせないように良い子でいることで両親が仲良くなるんだと思って生活していました。

鍵っ子だった私は両親が家に帰ってくることが、嫌でした。

- またあの恐怖の時間が始まる。 -

聞きたくなくても大声で聞こえる喧嘩をする声に、逃げたくても家からは出られず
一人で勉強机でご飯を食べたことなんて何度あったか…。

非行に走ることもできたでしょうが、自分の性格的な面と
そうしたらもっとひどくなるとどこかで感じていたから、そうならなかったのでしょうね…。

人数は多くないですが友人に恵まれたことが救いでした。


一度母親に鉛筆を太ももに刺されたことがありました。
(確か小学1~2年生くらいで、私が何か悪いことをしたんでしょうね…忘れました。)

おかげで一生傷です。体も心も。もちろん今も黒くなって残っています。。

別にこれ以外で虐待とかを日常的に受けたことはないですが、
そのことだけは小さい頃の事ながらも忘れもしません。

ましてや傷として残っていますからね。


だから、何を自分たちだけが精神的に苦痛を受けたと言っているのかと思います。

そういうややこしい状況だった時こそ、子供の訴えや行動にもっと目を向けて耳を傾けて欲しかったです。


結局私が成長しても変わっていなかったということです。


私たちに子供ができたら、絶対こうなりたくないです!

大切な人との大切な子供にこんなことできません

少なくとも自分には経験があるので、気が付いてあげることができます。


=================================

あらら~~~…またお話が長くなってしまいました。

いつもグチばかりを書いてごめんなさい

不快に感じる方もおられるかもしれませんが、こうやって文章に書き出すと少しすっとする気がします



最後まで読んでいただいてありがとうございます

↓ポチッと…応援お願いします

にほんブログ村 主婦日記ブログ のんびり主婦へ
にほんブログ村


関連記事
スポンサーサイト

2 comments

非公開コメント

0 trackbacks

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。